自殺者が続出する某駐屯地から娑婆へ再就職しました

陸上自衛隊の某駐屯地に約5年勤務していました。

 

どうして自衛隊に入ろうと思ったかというと、入隊前、学生時代から付き合っていた彼女と結婚したくて、彼女を安心させたくて、彼女の親に認められたくて、という部分が大きかったです。休みがちゃんとある上に給料も安定しているので、彼女も安心してくれて最初は一人暮らしでしたが、結婚することになって彼女も仕事を辞めて一緒に住んでくれました。

 

働いていた頃は演習などもあり家を空ける事もあったけど、彼女がちゃんと家を守ってくれていたので安心して働けました。

 

山に一週間?十日籠って缶詰生活な演習はツラかったけど、帰って彼女の手料理を食べれると思ったら頑張れました。

 

そして入隊して二年ちょっとした頃、無事に結婚。式も挙げれて良い思い出になりました。

 

しかしこの頃には既に自衛隊に対する不信感はありました。

 

私が勤務していた駐屯地は数年に一度自殺者が出るような駐屯地で実際に除霊で有名な霊能師(テレビにも出ている方です)が来ても入り口の門で

 

「ここはダメ、強すぎる」と言って入り口で体調を崩して何もせずに逃げ帰るような所でしたから、どういう所が霊感の無い私にはわかりませんでした。

 

実際結婚式の時も礼儀として一部の上司に招待状は送りましたが会費を払わずに参列した先輩や招待状を送っていないのになぜか式に来ていた先輩など、安心して酔える状態ではなかったのは事実です。

 

「見て見ぬふり」ではないですが、新人が教育される姿を見ていて気持ちの良いものではありませんでした。

 

そんな想いが積もり積もって、いよいよ任期満了除隊となり嫁と地元に帰って新しい生活をスタートさせました。

 

多少の蓄えもあり、長く続けられる仕事を探そうと思いましたが資格もちの嫁は派遣で良い仕事を見つけすぐに働き始めたのに対し私は職安通いの日々。

 

友人の会社にお手伝いのアルバイトに行く日々が続き、やっと決まった会社は「元自衛隊だから根性がある」と思われ、サービス残業が暗黙の了解のような部署に回され給料は自衛隊時代よりも下がり、精神的に少し辛かったですが海産物を扱っていたので年末になると倉庫に余るものをもらって帰れるという楽しみはありました。(笑)

 

ですがそんな職場も長くは続かず、会社の経営が傾いていた事もあり一年ちょっとで退職、再び嫁に養ってもらう生活に戻りました。

 

この頃は自衛隊時代より辛かったですが、その後もっと辛い事が起こるとは思いませんでした。

 

その後、赤十字の下請けの運送会社に入り配送ドライバーとして働きました。最初は契約社員入りましたがここでもサービス残業当たり前な風潮。

 

これなら自衛隊に残った方が良かったかな、とか思い始めたのも事実なくらいでした。

 

休みは日曜のみ、朝8時から夜8時までほぼ運転しっぱなしな生活でたまの休みの日曜は寝て終るような日々で嫁の機嫌も日に日に悪くなっていくのがわかりました。

 

生活も大事だけど、嫁と過ごす時間も大事にしたくてこの仕事も辞めました。

 

嫁には次の仕事が決まらなかったら離婚と言われています。

 

こんな事になるんだったら、友達と離れても嫁と二人で頑張って自衛隊に残っていたら良かったな、なんて今は少し思っています。

 

「元自衛官」という肩書は、世の中的にはたいした物ではないという事をこの数年痛感しています。

 

再就職アドバイス:身体よりも頭を使う仕事を

 

今後ますます日本はグローバル化していくことでしょう。その時には安い賃金で働く人は海外の人間になっているかもしれまん。

 

大都会の繁華街ではすでに中国人、韓国人がファーストフード店で働いていますよね。そうなってしまってから動き出していては遅いです。

 

公務員組織『自衛隊』を退職して歩き出したあなたはできれば、身体よりも頭を使う仕事にシフトしていく方が将来の安定につながるんじゃないかなと心配しながら読ませていただきました。